しえすたブログ

ひきこもりで無職のシングルファザーが離婚や親権について語る

母親が死んでも泣かないし葬式に出ないかもしれない【親子関係】

ショッキングなタイトルかもしれませんが、残念ながら私と母の関係性とはそのような間柄なのです。

何故今コレに言及しようと思ったかというと、もう何年ぶりだかに突然母から電話がありまして、同居している50代の娘(私の姉)と喧嘩して過呼吸で死にそうだと訴えてきたからである。

この機会に改めて目を背けていた自身の闇の部分に向き合ってみたいと思います。

お正月でも会わないどころか電話もメールもよこさない母についての愛憎を。

私と母親との関係性

まず初めに誤解無きよう申しますと、私の母は別に毒親ではなかったです。

どちらかと言えば一般的には良く出来た部類の母だったと思います。

趣味が料理作りでバウンドケーキやレモンパイなどよく焼いてましたし、性格も明るくて社交性もあり、どこへ行ってもいつの間にか中心にいるようなタイプの人でした。

物心ついた頃から思春期に入るまでは普通に母の事が好きでしたし、ちょっぴり自慢でもありましたが、思春期以降しばらくは邪険な口を利いて関係が乏しくなっていく過程を含めて、ごくごく一般的な母と息子の間柄であったとは思います。

 

ただよく聞く一般の親子関係と少し違ったのは、うちの母はうだつの上がらない息子に対していつまでも変わらずに愛情を示すタイプではなく、成人した後は好きに自立してくれといった放任主義でして、子供を成人するまでは親の義務として育てるけれど、成人以降は気にもかけなければ援助する義理もないという考えでして、珍しいくらいに全く子を心配する素振りを見せてこなかったのです。

私を愛してくれなかった母親

それについて「おかしいんじゃない?」と問うと、「なに求めてるの?w」とマザコンですか?というような感じで自分の非を認めないどころか論点をすり替えるのです。

そんな返しをされたらこっちもブチギレるじゃないですか。

なんか勝手に怒ってるよといった感じで溝は深まる一方で、気付いたら何年も何十年も絶縁してるぐらいに疎遠な関係になっていました。

もちろん途中途中に3年に一回くらいの頻度で顔を合わす事もありましたが、たいした話をするわけでもなく、核心に触れることなく当たり障りなくモヤりながらも事なきを得ます。

正確にはモヤっているのは私の方だけで、向こう(母親)はなんとも思っていないというか、全く私に興味関心がないかのように感じられるのです。

でもそれを追求する術はありませんし、傷つくだけなのは解っているので、私は自分の胸の中だけで母を静かに憎むことで、この冷えた親子関係に無理矢理納得しようとしていたのです。

憎めば憎むほど愛情の裏返しと捉えられるのも癪なので、私自身も母の事をいっさい考えない努力をしてきましたし、それは今でも現在進行形です。

世の中のマザコンが羨ましい

そんなわけで私は世の中のマザコン男性とは対極なくらいに母親と疎遠でして、私からすると普通の母子関係の成人男性が全員マザコンに見えるという感覚なのです。

老いた母親を心配する息子、自立した息子に月一で連絡してくる母親、お盆や正月には顔を合わせる家族‥。腐るほどあるモデルケース全てに私は嫉妬してコンプレックスを抱きます。

大人になっても結婚して子供が出来ても、気にかけてくる母親がいる普通の成人男性が羨ましいですし、でも次の瞬間「お前らイイトシしてマザコンかよ!」と吐き捨てたくなるのです。

でも本当は解っているんです。

彼等がマザコンなのではなくて、彼等の母親がいくつになっても我が子を案じているだけなんだという構図が。

彼等はただ普通に母親から愛されているだけで、マザコンなんかじゃない。

そして私はただ母親から放っておかれてるだけの、愛情が不足した悲しい中年男子なのだということを。

母親が死んでも泣かない

でもその代わりに私は父と関係性が深かったので、そこでバランスという均衡を保てていたんだとは思います。

でもその父も二年半前に亡くなってしまったのですが、母とは父の葬儀以来会っていませんし、電話もメールも今日までいっさいありませんでした。(そんなことある?)

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今更同居してる姉と喧嘩して、家から出て行くと言っているとあわてふためいて私の所に電話してきたところで、私には弱った母を慰めることのできる心の寛容さなど持ち合わせてるはずもなく、冷たくあしらいましたよね。心の中で「ザマーミロ」と嘲笑しながら。

でも「私が死んだらあなたにもちゃんと保険が降りるようにしてあるから‥」と涙声で言われた時には、瞬間ここで優しく対応しておいて損はないかとも思いましたが、打算よりも感情の方が勝ってしまいましたね。とにかくずっと放置されて悲しかったと伝えました。

母は電話口でずっと否定と言い訳を織り交ぜながら謝っていましたが、私から思うような言葉をかけてもらえないことが判ると早々に電話を切りました。

なんだかなぁという気持ちです。

死ぬことはないとは思うけど、もしこのまま母が帰らぬ人になったとしても、私はたぶん涙も出ないだろうし、最後に労わらず責め続けた事を悔いることもないでしょう。

むしろ心を痛めて悔やんで苦しんで死んでほしいとすら思うくらいには、私は母の事を普通に恨んでいます。

人並みに一般的な親子関係としての愛情を示してくれなかった事に対して。

葬式にも出ないかもしれない

姉とも父の葬儀代で揉めて以降音信不通なので、もしかしたら母の葬儀には出ないかもしれない。

呼ばれないという事はないと思うが、意思表明として不参加を言い渡してやりたい気持ちが強いのだ。

ただ保険だの遺産だので貰えるカネだけはしっかり受け取るというのもアレなんで、やっぱり葬式くらいは出るべきなんだろうかと今から悩み中である。

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親を捨てる

そんなわけで私の中で母はとっくに死んでいるといっても過言ではないのだが、生きてるうちはモヤモヤし続けるのでハッキリとこの世から不在になってくれた方が折り合いがつくというのまである。

だが勘違いしないでほしい。

私が見限ったのではなく、母の方が私を早いうちから見捨てたのである。

 

母は愛ではなく義務で私が成人するまではその役割を全うした。

私が成人するとその義務はなくなったとばかりに即行で家を飛び出して行った。

捨てられたのは私の方だ。

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母と姉はずっと一緒に暮らしているので親子としてのその関係性は違い過ぎるし、今更不公平感を訴える気はないのだが、少なくとも母の介護をする義務が姉にはあるはずだから、今頃になって別居するなんてのは非情であるし筋が通らないとは思う。

でも薄情な娘に絶望して死にゆく母の最期というのも天罰みたいで面白い。

でもきっともう二人は仲直りして、またいつもの暮らしに戻ってるかもしれない。

どちらにしても私にはとってはもうどうでもよいのである。

 

実に不愉快だ。

 

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