しえすたブログ

無職のシングルファザーが離婚や親権について語る

詰将棋で棋力が向上した子供と親子で将棋を指すのが楽しい件

藤井七段の快進撃で将棋界が盛り上がってますが、それでも絶対に将棋って大ブームにはならないからいつの時代にも同じくらいの位置付けで、地味に存続してる様式美に安らぎすら感じます。

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小4息子が将棋しようと言ってくる

テレビゲーム、youtubeの次に最近息子が関心を寄せているのが将棋だ。

休みの日、家に居て暇になると「将棋しよう」と言ってくる。

将棋は1局40~50分はかかるので、時間的余裕を確保する必要があるわけだが、私自身も将棋は好きなので、相手をするのだが‥。

いかんせんまだまだ息子は弱いわけですよ。

駒の動きこそ完全に覚えたものの、どうやって攻めればいいのかわからずに無意味な指し手を重ねて、気が付けば王手で詰み、「まだまだだな」と大人げなくも私がマウントを取るわけですが、懲りずに「もう一回!」と再戦を要求してくるので、さすがに私も暇じゃないので(暇だけど)、ネットアプリの将棋サイトで初心者向けのコンピューターと対局してなさいとPCに息子を誘導しました。

ネットの詰将棋で棋力が向上する

コンピューターは待ったを一度しか許してくれませんから、最弱相手でもなかなか勝てなかったのですが、その隣にある詰将棋のテスト問題を解くことでみるみる息子の棋力は向上していきました

私は詰将棋を研究するほどではなかったので、いつしか私でも解けない詰将棋を息子は解けるまでに至りまして、その後本将棋で対局したら息子は最後まで攻撃の手を緩めないスタイルに変貌しておりました。

が、守りがザルなのでまだまだ私が勝ってしまうので、二枚落ち~六枚落ちで始めるのですが、六枚落ち(飛車角桂香抜き)でようやく私が負ける感じになりました。

オリジナル新ルール「神と賢者」

将棋の面白さのキモは敵陣に入ると弱い駒が「金」に変わり、大駒(飛車角)も更に動けるマスが増えるのですが、「金」と「玉」だけは敵陣に入っても裏駒にひっくりかえって能力が強化されないことに息子は納得がいかないらしく、「金」は敵陣に入れば斜め後ろも移動できる「玉」と同じ動きが出来る「賢者」にジョブチェンジできるようにしようということになり、「玉」に至っては飛車角の動きで四方八方飛べる「神」にしようという我が家だけのオリジナル新ルールを採用することにした。

だが普通にやってると「金」が敵陣まで攻め入る事は基本的にはないので、新ルールの持ち腐れかと思いきや、終盤に「玉」が裸で逃げる形で敵陣に迷い込む弱者にありがちな動きが功を奏し、息子の「玉」が我が陣地に侵入してきた時は大いに盛り上がりました。

が、それでも逃げ道を塞いできっちり詰めてやりました。

そこで最初から「玉」を「神」にすることに改定してみたら、想像以上の熱戦となり、攻め駒と化す「玉(神)」の動きが面白く、平手打ちでも均衡した内容となりました。

これ大発明じゃね?と思わず高揚してしまいました。

素人対局は「待ったあり」でも良い

「神」の動きに慣れていないので私の方も「待った」しまくる事になり、待っただらけのへぼ将棋に拍車がかかりましたが、それでもゲームとしては通常以上に楽しめました。

そもそも将棋の基本は「待ったなし」なのですが、それだと一手に熟考する事になる為、遊びとしてのテンポが削がれてしまうので長考は現実的ではないのです。

将棋はうっかりが命取りではあるのですが、明らかなうっかりミスであれば「待った」を許容しなければ、完全に詰めて勝つ喜びは得られないので、弱者同士の将棋では何回でも「待ったあり」でも良いと思う。

ゲームと違って将棋で負けても息子は上機嫌

息子はテレビゲームで負けるとジタバタして荒れる事が多いのですが、何故か将棋で負けても「面白かったね」と言うくらい上機嫌なのです。

これは私の感覚からすると不思議でして、将棋で負けるというのはものすごく悔しくて、盤面をひっくり返したくなるほどの気持ちになるのを必死に抑制することで忍耐や向上心を養うものかと思うのですが、息子にとっては負けて当たり前と思っているからなのか、将棋は結果よりも過程を楽しんでるようなんです。

でも1局で脳をフル活用するので「もう一回!」と再戦を要求されると私は「絶対嫌!」と断固拒否します。

いつか平手打ちで子供に負けたい

やはり棋力が同等でないと勝ってもあまり嬉しくないですからね。

いつかは息子とハンデ無しの平手打ちで負かされたいですね。

でもそれはそんなに遠くない未来(来年か再来年?)には実現可能でしょうから、それもひとつの楽しみです。

でもテレビゲームではもうほとんど私が負けてしまうので、将棋くらいは父親の威厳を保つ意味でも勝ち続けるべきなのかなと思い直したりもします。

将棋で初めて祖父に勝った日

私も6歳の時に将棋を教えてくれた祖父に、22歳となった時に初めて勝つ事ができましたが、祖父と将棋をしたのはそれが最後で、その翌年に祖父は亡くなったので、まぁ衰えていたんでしょうね。

大人げなくて全然負けてくれなかった祖父でしたが、成人となった私に初めて負けたその時、悔しがるかと思いきや今までに見た事のないほどの満面の笑みで「まいった」と言って笑った笑顔が力無くも優しくて、今でもその時の顔を鮮明に覚えてます。

 

私もいつか息子に将棋で負かされた時に、嬉しさのこみあげた笑顔で「まいった」と言える日を心待ちにしながらも、まだ当分の間は負けてやらないつもりです。

 

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