しえすたブログ

無職のシングルファザーが離婚や親権について語る

ブログを選ぶ理由~LINEよりメール、スマホ短文よりPC長文

メールが廃れてLINEが台頭し、TwitterがSNSの王様になってしばらく経つが、私がこの流れに乗れなかったのは決しておっさんになってしまったからではないと言いたい。

TwitterとLINEが苦手すぎる

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アカウントこそ取得してはいるものの私はLINEもTwitterもほぼほぼ活用していない。決して友達がいないからでは断じてない。

LINEもTwitterも短ければ短いほど使いこなしてる感が出るものだが、一行で凝縮して表現するなんてものすごい才能が必要だし、私にはとても無理だ。

おそらくは何回もレスポンスを繰り返して短文のラリーを会話形式で繰り返すのであろうが、そうなると昔のチャットみたいな感覚なのかもしれないな(チャットは好きだった)。
でもそれだとしばらくというか常にスマホを常備しつつ生活するスタイルになるのかと考えると、確かに若い人ってそんな感じが主流なのかと今更気付いてみるのだが、そんなの煩わしくてとてもじゃないけど意中の片恋相手以外では絶対に無理だ

貧乏性だから短文で送信できない

そもそも一行書いただけで送信するのって贅沢に思えて勇気がいる。

昔はメール一回につき送信料がかかってたし(今もか?)、その点LINEやTwitterは何回送信しても無料なんだろうけれど、それでも感覚として一行で送信するのはもったいないと思ってしまう自分がいる。

もっといえば5ちゃんねるでレスする時も4~5行書いてしまうので、圧倒的に自分は短文送信ができない性質なんだろうと自覚する。
5ちゃんなんか3行以上の書き込みなんてスルーされがちで、どんなに情報量詰め込んで凝縮した書き込みしてもレスがつかなかったりして、適当にひとコト捨て台詞吐いただけのものの方にレスがつくからね。
だから掲示板も自分には向いてないなと実感するのである。

LINEに関してはスタンプで楽しむ感覚はおっさんだからか全く持てないし、見てるだけでこそばゆく感じてハッキリ言って虫唾が走る。

LINEで長文書いてたりするとメールと何が違うの?ってなるし、メールの方がストックされるから書き甲斐もあるし、読み甲斐もあるというものだ。

LINEもTwitterもどんどん流れていく感じが、せっかくの文字や言葉が残らないで消えていくという切なさに当方落ち込んでしまうのだ。

待ち合わせの時とかにはいいのかもしれないけれど、相談事や近況報告には適さないと思ってしまう。

デスクトップパソコンが好き

今やスマホがあればPCは不要なので、逆にまたPCを触れない若者が増えてきているという話を聞いたけど、そうなるとまたPCはオタクの所有物のイメージに回帰するという事か。
今だとデスクトップの環境の人は大概オンラインゲーマーなのかもしれないが、私はオンラインゲーマーではないけどずっとデスクトップ愛好家である。
ノートPCは中途半端で最初から好きじゃない。

ブロガーはスマホよりPC派なんだろうけど、はてなブログなんかは特にスマホでも書きやすいみたいだから(知らんけど)、スマホブロガーも結構いるんだろうとは思うのだが、スマホで文字打つのってキーボードと違って気持ちよくないよね?

やっぱキーボードのカタカタ音がなんか職人みたいな気分になれて高揚するんですよね。無職なのになんとなく仕事してるふうを装えますからね!

ツイッターよりブログ派

なんか大統領や首相までもが重要なコメントをツイッターで公言してたりしますけど、ちょっといくらなんでも軽薄すぎるやろって私なんか思ってしまうんですが、そこまで浸透してるんであればもう完全に時代はツイッター発信なんでしょう。
メールとかブログとかFAXとかダサすぎて時代遅れの産物なのかもしれませんね。

でもツイッターの限度内文字数では語ることができない胸の内を吐露するにはブログが最適であるし、ツイッターと違ってレスポンスに時間がかかっても(もしくはなくとも)全然気にせずにまずは一方的に語り尽くしてしまってよいというスタイルがコミュ障的にはすごく合ってます

それに本を開いてまでガッツリ読みたくはないけれど、ネットで手軽に見知らぬ誰かの文章を覗きたいという欲求に一番応えてくれるものが今でもブログであるし、動画は視るのに疲れるし、ネット上に散らばってる路上に読み捨てられた雑誌のような過去の遺物である名もなきブログを読むのが私は好きだ。

www.siesta-nightmare.com

だからこの先ブログがなくなる事は絶対にないだろうと確信するし、古くなった記事も十年、二十年と経過したら今度は逆に価値が生じてくるものになるかもしれない。

生もので流れていくものがしゃべり言葉であるのに対し、文章はいつまでも残るだけに言葉に責任が生じるからこそ、ツイッターの発言よりもブログでの書き置きの方が重みがあるし、価値がある。

言葉と真摯に向き合って、言葉にできない感情を可能な限り言語化したくて文字を打っている。

昔なら机の引き出しに眠って、永遠に誰かに読まれる事もないはずの独り言が、こうして日本中の見ず知らずの同胞たちに瞬時に届くなんて素敵すぎて文明の発達に改めて感謝感ゲキ雨アラシである。

だから私は、ブログを書く。

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