夏休み真っ只中ですね。
今が丁度折り返し地点でしょうか。
まだまだあと三週間もあるのかと思うと二学期が待ち遠しくもありますが、小学生最後の夏休みをこんなにダラダラ無為に過ごしてていいのだろうか?と、蒸し暑さの中で自責の念と葛藤の日々です。
小学校の夏休みの宿題は保護者の負担でしかない!
夏休みの宿題は当の子供本人以上に実は親の方が負担が大きいのです。
ただでさえ日中家に居る子供の生活サイクルを管理するだけでも一苦労だというのに、宿題の管理までしなければならないなんて無駄に仕事が増えるだけで何も良い事がないです。
宿題なんてなければいいのに‥と思います。
計算漢字ドリル
これが一番まだマシですね。
ドリルは毎日1ページやればいいだけだし、非常にわかりやすい。
子供も一番勉強した感がありますし、理解してない部分が見えて有意義です。
これだけならどんなにいいか。
日記
これはキツイですね。
何も書く事なんてないんですよ。
昼前に起きて飯食ってゲームしてyoutube見て飯食ってシャワー浴びてゲームして歯磨いて寝ての繰り返しですよ。
コロナ禍を理由に何処にも行けませんし、日記に書けるような事など何一つとしてエピソードなしです。
昨夜見た夢の話でもするしかないって感じです。
読書
本借りてきても全く読みません。
枕元に置いてますけど、読もうともしません。
三冊がノルマらしいのですが、どうする気なんでしょうか?
感想文とかはないそうなんで、読まなくても大丈夫らしいです。
もはや「読め!」と促す気にもなりません。
習字
これが意外とクセモノでして、高確率でケンカに発展します。
まず墨汁を扱うので周辺が汚れないように神経使いますしね。
いざ子供が書き始めると、ついつい口を出したくなってしまいます。
「ここ全然ダメ!」「下手すぎ!」とか容赦なく厳しくダメ出ししてしまいます。
子供はもうギャン泣きで「もうやる気なくなった!!」と言って布団に潜ります。
毎年こうなので、もういっさい口出ししないと最初に誓うのですが、最後にどれを提出するか選ぶ際には感想を言うじゃないですか。
納得いかないんですよねぇ‥、反省します。。
ポスター制作
図工の宿題は今回ポスターを制作するという事で、絵を描いてメッセージを添えて色を塗って一枚画を完成させるのですが、勝手にやっとけとも言えないわけで、最初から最後まで親がディレクターの位置で監視してなきゃならんわけです。
まず何をどのように描くのかから始まって、ほとんど親が決める事になります。
絵の具とか使われてもやっかいなので、クーピーでいいよと簡易な方向に誘導します。
結局最後に消しゴムのカスとか掃除するのも保護者の役目です。
家庭科調理レポート
家で料理を作って家族にふるまえとのことで、学校からしたら子供に親の手伝いをさせる極めて優良なテーマとお思いでしょうが、実際いい迷惑です。
子供には台所に立ってほしくないんですよ、基本的には。
火も扱ってほしくないですし、包丁だって持たせたくありません。
成人するまではお米の炊き方すら知らなくていいとさえ思ってます。
うちの子まだお湯すら沸かせたことありませんから、カップ麺も作れません。
でもやたら卵焼きを焼きたがるので渋々やらせますが、案の定無駄に卵を割るところから失敗してくれます‥。
結局子供の一挙手一投足を親が見張ってなきゃならないわけで、神経擦り減らす分余計に疲れるわけです。
夏季プール
たった一時間の入水のために炎天下の中、学校まで行ってプールに入れとのこと。
うーーん、わざわざ午前中から命懸けのイベントに行かせたくはないですねぇ。
うちの子泳げませんし、だからこそ泳げるように参加させなきゃならないというのも解るのですが、それって今時虐待案件じゃね?とも過保護親からすると思うわけです。
泳ぎに自身のある奴の方が溺れるというデータもあるのだから、どうせなら全く泳げない!って方が逆に危機回避できるのだと屁理屈をこねくりまわしてなんとか回避する方向に持っていきます。
昭和の親は子供に「プールに行け!」とけしかけてましたが、うちは「行くな!」と引き止めますw
縦笛の練習
近所迷惑ですね。。
リコーダーの音ってセミの鳴き声と同じくらい耳に痛いです。
自由研究
これがいつの時代も超難関にして保護者をも悩ませるキングオブ宿題ですね。
テーマは自由でなんでもいいからなんかやれ!って事ですが、乱暴すぎやしませんか?
そもそも研究したい題材を探すところから超絶ひと苦労でして、なかなか思い浮かびません。
だいたい工作物の提出が多いらしいのですが、できればもっとラクに済ませたい‥。
実に悩ましいです。
私自身も子供の頃は自由研究の宿題が嫌々で毎度投げ出してました。
何を提出したのか覚えてもいないくらいなので、多分やらずに逃げ切れたような気もします。
きっと先生の方も生徒の自由研究なんて興味ないはずですから。
一人くらいやってなくても「もういいよ」ってなもんでしょう?
毎日の検温
コロナ禍ということもあり、毎日の体温を記入しなければなりません。
そんなん毎朝測ってられないのでまとめて適当に書くのですが、一応それでも気が向いた時に二日に一回は検温してます。
意味あるのかわかりませんが、目安としてはアリなんでしょうね。
親の本音は夏休みの宿題は廃止にしてほしい
とまぁそんなわけで、小学生の夏休みの宿題というのは、ほぼほぼ保護者である親の宿題でもあるということなのです。
我々が子供の頃はそこまで親に負担をかけた認識はないのですが、それでもよく考えたら最終日に協力してもらったような気もします。
最終日にいっきにやるようなやり方は保護者として失格だと思うので、しっかり毎日少しずつやらせるように仕向けなければならないと思っています。
ですが子供はやる気がありません。完全に夏休みモードだからです。
休みなんだから本来解放的であるべきなんです。
親からしてもあれしろこれしろと子供に言いたくないです、言う方もストレスなんで。
もうそこまでして夏休みに宿題を出す意味あるのか?と思います。
勉強熱心な家庭だけが、よそに差をつけたい家庭だけが勝手に勉強してればいいんじゃないでしょうか?
子供の自由意思に任せるべきです。
学校は何故宿題を出すのか
それでも何十年と夏休みに宿題はあるものと決まっています。
なぜ夏休みに宿題を出すのか。
勉強したことを忘れない為だとか、それらしいことを理詰めで語るのは可能なんでしょうけど、実際のところ宿題がないとお前等暇すぎるだろ?という事かと思います。
しなきゃいけないことが何もない状態で6週間も子供に自由を与えるというのは、大人からすると少々不安なんでしょう。
ですが本来自主性を重んじるのであれば、あえて何してもいいし何もしなくてもいいよと、子供を信じて委ねる事もまたひとつの教育かと思います。
ドリルやらせて子供もやった気になって終了‥の方がダメな気がします。
暇で暇でどうしようもなくなったら、必然的に自分のしたい事がみつかるはずです。
自分は何がしたいのか、どんな人間になりたいのか。
それをひとりひとりの児童に深く考えさせる期間こそが、夏休みの役割なんじゃないのか?と思う次第なのです。
どうでもいい宿題を保護者の負担も考慮せずに出すのではなくて、親子のコミュニケーションに重点を置いて、この夏親子で何を語り合ったのかとか、もうそれだけでいいじゃんと思うわけです。
勘弁してくれよ。