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母子生活支援施設から帰ってきた妻子との再会と現実の再開

出て行った嫁から電話が!

「おぅ、久しぶり。今どこ?どうしたの?」
寝起き直後の瞬時の頭脳で私は努めて穏やかに話すことを心掛けた。
「今外。帰りたいよ…息子に替わるね」
「パパ~~~!!好きだよ、大好きだよ~!!」
半年ぶりの息子の声は号泣しながら私に愛を叫んでる。
「わかった、ずっと待ってたよ、今すぐ帰っておいで、迎えに行くから」
意外にも私自身は至極冷静に応対ができた。

言いたいこと聞きたいこと山ほどあったけど、今ここで感情的に喋っては台無しになる危険がある。
とにかく全ては会ってからで、まず今は優しく受け止め妻子をこちらに戻す事が先決だと思考しながら場所を聞き出すと、隣県の電車で一時間半くらいの所に居るというので、丁度その中間にある乗り換えのある駅を指定し、今からそこのホームで待ち合わせしようと言って電話を切った。

再会

職場には風邪で体調を崩したので数日休むと告げ、高鳴る鼓動を抑えつつシャワーを浴びて服に着替えて颯爽と家を出た。
ついに、ようやく、息子に会える!
泣いていたけど、元気そうだった!

Hamburg meets Art - Underground Station Mümmelmannsberg

待ち合わせの駅ホームに着くとまだ向こうは着いておらず、そういえば相手は携帯を持っていなかったんだと気付いたが、降りてくる人波を凝視して左右確認すればみつけられると考えていたが、時間が経過するごとに不安がおしよせ、思ったより難しいんじゃないかと行ったり来たりウロウロ焦っている自分がいた。

30分以上待っただろうか。ついに電車から降りて向こうから歩いてくる妻子をみつけた!
「パパ~~~!」駆け寄る息子を半年ぶりに抱き締めて、感極まるかと思ったら自分は恐ろしい程に冷静で、絶対泣くと思ったのに全然涙は出なくって、「さぁ、すぐに帰ろう」と乗り換えのホームへと急いだ。

戻る日常

電車の中でじっくりそれまでの経緯を聞いた。
移り住んだ母子施設は良い環境だったらしく、新築のアパートで保護費を貰いながらダラダラ過ごしていたという。
職員も皆親身で優しくしてもらえたらしく、息子も半年前と変わらず天真爛漫で明るい性格はそのままで、私は胸を撫で下ろした。

なんでもガスコンロに湯を沸かした状態でコンビニに買い物に出かけた途中に気まぐれに電話をしたらしく、いったん部屋に戻った後では職員に説得され引き留められてしまうため、そのままバスに乗って電車に乗ってこちらに来たという。

だから荷物は何も持っていないし、後日改めて嫁は施設に挨拶に出向いて必要な物を選別して部屋を片付けに行かないといけないらしい。
まぁ、それはそうだろう。後始末はちゃんとして、でも息子はそれにつきあわせないからなとだけ言った。
その間電車の中で息子は私にベッタリだった。ずっと手を握っていた。無意識に力が入った。

家に着くともう半年前が昨日のような感覚で、早速軽い口論にもなった。
嫁は悪びれる事もなく冗談のように「ちょっと旅行してきた感覚~」と言うのにはカチンときたし、それに対し私が「俺は毎日泣いて過ごした」と言うとゲラゲラ笑っているのだ。
いったいこの半年間とはなんだったのか。
嫁は半年前と何も変わっていないし、反省もなければ改心する様子も見られない。
私も売り言葉に買い言葉で不愉快である意思を全面に表現して対抗してしまう。
息子はそんなバカ親に呆れるように部屋を離れて一人でゲームを始めてる。
以前と変わらない日常が戻った。

無意味なインターバル

しかしこれでいいのだろうか?
これまでの孤独地獄からは解放されたが、以前のような夫婦地獄に戻るだけなら、苦悶の日々がまったく意味のなかった半年間になる。
嫁は何一つ成長していないし、どれだけの事をしたのかという重みも全く感じていない事に愕然としたし、やはりやり直すなんて無理だと私は実感した。

人は(特に大人は)変わらない。
せっかく一人暮らしにも馴れてきた矢先だったのに、また三人暮らしに戻った事は喜ばしくも望んでいたはずであるのに、私は窮屈なストレスを覚え、形は違えど不幸のままである現状が嘆かわしく、嫁の発する声や動作にいちいち震える自分の倦怠感を堪えながら、気が付けば市役所から離婚届を貰い、それを机の引き出しにソッとしまった。

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