親権に離婚したい父親たちに告ぐ

正しい離婚の仕方を教えます

嫁を飼うより豚を飼え

結婚に経済力が必要な理由わかりますか?

ズバリ嫁の食費やらの生活費が発生するからです!

嫁はよく食べます。新しい服も欲しがります。

どこか楽しい場所へ出掛けたいとも言います。

もうそれだけで月にいったいいくらかかるのでしょう。

つきあってるうちはいいのです。こちらも楽しいですし、毎日生活するわけじゃないので週に一度のデートであれば多少の散財は満足度と差し引きゼロですから。

でも結婚して共同生活となると話は違ってきます。

WMPF'S Tiny girl

嫁は結婚しても週末はどこかへ連れて行けと言いますし、あれ食べたいこれ買ってとわがままにも拍車がかかります。

そもそも何故男が結婚を決意するのか。

それはデートするのがいい加減面倒くさいからです

結婚してしまえば家で一緒にいられるからいちいちめかしこんで外で会わなくても良いという利点が生まれます。

だから結婚したというのに、結婚後も週末デートの強要をされたのでは話が違ってきます。

平日朝夜一緒に居るのだから週末は互いに自由に個人活動を許しあうべきなのです。

そうじゃないと息が詰まります。最初は好き同士であっても確実に熱は冷めます。

 

その点ペットはどうでしょう。

憎まれ口はたたきませんし、ある程度こちらの都合でコミュニケーションをはかれます。食費も1万円くらいです。

嫁とペットを対比するなんて世のフェミニストの方々から総スカンの炎上必至ですね、物の例えですよ、ほんのメキシカンジョークですよ。

でも飼うなら・・間違えました、共に暮らすのであればどちらがコストがかかるか、どちらが癒されるのか、どちらがリスクが少ないか、結果は一目瞭然です。

 

いや、もちろんすっごい顔と性格と相性が良くて最高のパートナーであれば話は別ですよ?でもそんなのは釣り合いの取れたハイスペックな男性しか得られませんし、それでも10年後には悪い方へ変化してる可能性が高いわけで、もちろんお互い様なんですけど、最終的にはただのジジイとババアになるだけでして、よっぽどの信頼関係を築けない限りは何十年分の不満の方が募る一方のはずなんです。大抵の高齢者の口元がへの字口なのは顔の筋肉が下がるからだけじゃありません、我慢してくいしばってるからなんです!

 

テレビでやってる大家族もの見てどんな感想を抱きますか?

羨ましいと思いますか?ほとんどの人は見下して笑って観てますよね?

夫は疲れて哀愁漂いつつもそこそこイイ男であるのに対し、大家族の嫁って大抵太ってませんか?あれなんなんでしょうね?家事って結構カロリー消費するはずなのに。

スーパーマーケットに行くと不細工なおばさんが頭の悪そうな子供を連れて徘徊しておりますが、きっと昔は普通の女性だったに違いありません。子供を産んで育てていくうちに第2形態、第三形態へと進化(劣化)?していくのでしょう。

おっさんだって同じです。昔から汚らしかったわけではきっとないはずです。

 

老化は残酷です。まず羞恥心を捨ててしまいます。

若者(思春期)なんて何をしても恥ずかしいのとは対照的です。

剥き出しな生き様は時に心を打ちますが、それでもやっぱり長く生きるというのは腐臭にまみれるという事だと私は思います。

夫婦も時間経過と共に育児に翻弄されて無意識のうちに子の親であるという重荷と責務を背負う事で良くも悪くも大人の表情へと変化していきます。

でもシワの数を誇るにはまだ未熟で、無邪気に笑った直後には照れてしまえるナイーヴな一面を維持することで素敵な中高年を目指すことは可能でしょう。

 

家族を養うというのは自分の親でも出来た事なのだからそれほど大変な事だとは思わなかったはずです。動物だってしてる事だし当たり前で自然な流れだと思ってました。

家庭生活を継続出来なかった私は継続してる人より力不足であった事は認めます。

いろんな面でのバイタリティがなくては一家の主は務まりません。

個人主義の人間は家族というチームを引率する事は出来ないのです。

結婚に向き不向きは確実にあります。

それはもう一言でいうと「性質」に尽きます。

自分でなんとなく向いてないと思う人は諦めた方が賢明です。

今の時代お一人様でも(むしろその方が)楽しく生きていけます。

 

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嫁を飼うより豚を飼え

 

喰っちゃ寝してても豚なら全然頭にこないのですから。

現役の人は嫁を豚だと思い込むしか乗り越える手段はありません。

ムカついたら負けです。

最期は食べられるか食べるかの戦い必至です。ファイト!

 

将来妻の介護をする覚悟はあるか

高齢で身体が不自由になった時に配偶者や子供に世話をしてもらうという期待を当然のように考えていらっしゃる方が既婚者には多く居ると思われるが、意外とその逆パターンに関してはあまりイメージしていないように思うのだがどうだろう?

The Beauty of Old Age

自分ではなく、相手の方が先に介護を要する身体になり、老々介護を強いられるケースだって五割の確率であるという事を覚悟しているのでしょうか?

介護される保険は同時に介護するという相互扶助の契約で成り立っているという事実を認識しているのでしょうか?どうもそのへん深く考えてない人が多いと思う。

 

子供に助けてもらうという思考の場合はその子供をニートでもいいと養い続けて同居しているケースのみ成立するが、その子供が既に家族を持って独立しているならば、頼ることなどおこがましいと個人的には思う。

基本的にずっと同居して親の恩恵を受けている子供は親の介護をする義理が生じると思うが、同居していない場合は親の面倒を看なければいけないことはないと思う。

 

なので老夫婦は二人で支えあいながらいつか訪れる老々介護の生活をどのように乗り切っていくのか話し合い学ぶ必要があると思うのだが、健康なうちはそのような想定が疎かになるというものだ。

 

しかし私に言わせれば還暦を過ぎてからそんな事を考えるのは遅いと思うのだ。

そもそも結婚する時に互いが老人になって暮らす画というものを想像しなければならないし、子供ができて日々の忙しさに埋没していく未来予想図をふとした瞬間にでも思い描けなければならない。

 

「世話はしてほしいけど世話するのはごめんだな」

そんなふうに考える奴は鬼畜だと一刀両断する前に、いざとなった時の自然な人間の感情であるという事実を飲み込む必要がある。

自分は大丈夫。相手もきっと大丈夫。信頼関係は大事だが、状況など日々変わる。

 

実際私は離婚する数年前に元妻が精神系の薬を飲み始めて「多分私の方が先に動けなくなるからその時はよろしくね」と冗談めかして言われた時には心底ゾッとした。

でも介護云々よりもこの先30年も40年も一緒に暮らすのかと想像しただけで立ち眩みがした。地獄へ旅立った方がマシじゃないかとさえ思った。

だから離婚に向けて考え始めた。

 

老人の介護は赤ちゃんの世話の百倍大変だ。だって可愛くないのだから。

頭と口だけは衰えずに文句だけは言い続けるという被介護者も珍しくない。

家族よりも金で雇われた他人が世話をした方が明らかに合理的ではあるのだが、当然お金もかかるだろうし、一日中居てもらうわけにもいかないのだから、結局デイケアの人

が帰った後は配偶者が面倒を看る事に変わりはない。

 

でもだからそれができる強固な絆で結ばれた老夫婦は本当に美しいと思う。

そんな老夫婦に限ってその状態を当然であると認識し、当たり前のように助け合うことが出来るのだ。

でも残念ながら頑張った結果介護してる側の体力精神が蝕まれて殺害事件になってしまうというニュースも後を絶たないので、問題は複雑だ。

 

私はボケた親近者を見たことはないが、ボケると世話をしてくれる近しい相手の名前すら間違うみたいで、そうなってしまっては世話のし甲斐もないというものだろう。

 世の夫諸君に問いたい。

現在より更に老いて憎まれ口だけは達者な妻を将来介護できる自信はあるのか。

できないのなら早めに財産分与して離婚した方がスッキリしないか?

子供が独立しても一緒にいる意味はあるのか。

殺されるリスクはないか。

 

近所に老犬を抱えながら散歩している老人を見かけるのだが、蓄積された年月が長すぎてその表情からはいっさいを読み取ることは出来ないのだが、ただひとつ解るのは老いた者同士が同志として共に歩むことは可能であるということだ。

しかしそこには衰える事のない愛情が欠かせないのである。

他者への愛を継続できる人を心からリスペクトする。